2014年8月
今月の一言
日本が良い国になる為には、日本国内の事だけ考えていれば良い訳ではありません。お隣の国(特定アジア)との関係が悪化している中で、どう付き合っていくかで大きく変わってきます。日本人の気持ちとしては、歴史問題で、やってもない罪を着せられている冤罪の様であり、頭に来ている人は多いと思います。
歴史を政治問題や人権問題にすり替えて、謝罪と賠償を求めているのが、 手に取るように分かります。文化の違いもあり、日本は『水に流す文化』、 K国では『恨の文化』『怨の文化』です。千年たっても許す事は無いのです。喧嘩の仕方も相手に怒りをぶつけるのではなく、周りの人たちを巻き込んで、第三者に訴えることで怒りをぶつけるそうです。
反日が国家をあげての宗教活動の様になっていますが、どうすれば許してもらえるかは、K国に完全服従となり、属国になるまで許す事は無いのです。 日本的な『皆で仲良く旨くやりましょう』的な感覚は無く、日本が不幸になる事を望み、日本を植民地にしないと恨みを晴らす事は無いでしょう。
日本人の中にも、粘着質の人もいて、人の不幸を喜ぶ人がいます。そのような人が幸せかと言うと、決して幸せな人生を送っているとは思えません。 K国でも、つげぐち外交やロビー活動をしていますが、ブーメランのように 全て自分にはね返ってきてK国が更に悪い方向になっているように思えます。早く気付いてもらいたいものです。
ある哲学者の話で、『愛の本質は許すこと』とあります。男女の愛、夫婦の愛、親子の愛、愛社精神、愛国精神、愛にはいろいろありますが、特に夫婦の愛では、許す事をしないと喧嘩ばかりになってしまいます。 『許して水に流す』ことができる文化の日本に生まれて良かったと思いますが、決して許してくれない人や、人の不幸を喜びとする人と、どう付き合っていくかは、難しい判断になります。決して許してくれない人と、どう付き合っていくか、答えは一つだけではないと思いますが、いかがでしょうか?