今月の一言
多くの人が『理屈が欲しい訳じゃない、心が満足するものが欲しい』と感じているのではないでしょうか? 社会生活をしていく中では理屈が主であり、理屈が優先されているのです。

理屈が多く言える人が正しいと勘違いし、自分の言葉に酔い、自分の正しさを主張して対立を作っているのです。これまでずっと理性を成長させ、合理性を追求し、理屈を言って論理で人を説得し、理屈が通ればすべて解決してうまくいくと信じて生きていたのではないでしょうか? 

人間には意思があります。心があるのです。違和感を感じながらも言葉に出すことなく、丸く収める為に大人の対応をしていて表面的にはうまくいっていると諦めてしまう場合もあるのです。

すべて理屈が悪いと言っているのではありません。時には理屈が必要な時もあります。しかしながら、理屈から飛び越えて屁理屈になるのは頂けません。男女の愛や夫婦の愛は理屈では説明できない気持ちの部分が大切になってきます。

誰もが『認めて欲しい』『わかってもらいたい』『信じて欲しい』『愛されたい』という気持ちを持ち続けています。しかし誰も自分が求めるようには認めてくれないし愛してくれません。だから人は誰でも満たされない心淋しい存在なのではないでしょうか?

心が欲しいとは、『認めてもらいたい、信じてもらいたい、許してほしい』という気持ちです。人は理性を満たす理屈だけでは満足しなくなっています。理屈以上に心を求め、心を満たすものを求め始めている時代にきているのではないでしょうか? 『考え方より感じ方で人生が決定する』という言葉に意味を感じながら生きていきたいものです。